第三者割当増資の適時開示の実務を解説。
有価証券届出書を先に提出すべき金商法上の理由・東証が推奨する開示時刻の実際・東証コメントが集中する2つの箇所・財務局と東証の指摘が食い違った場合の対処まで、実務経験をもとにスモールキャップ企業向けに網羅。
この記事でわかること
- 適時開示が必要になる場面と記載事項
- 有価証券届出書の提出と適時開示の正しい順序(金商法上の理由)
- 東証が推奨する開示時刻の実際
- 東証コメントが集中する2つの箇所
- M&A資金調達の増資で東証が確認する特有の論点
- 財務局と東証の指摘が食い違った場合の対処法
はじめに|適時開示は「有価証券届出書のコピー」ではない
第三者割当増資における適時開示を、「有価証券届出書の内容を短くまとめたもの」程度に考えているIR担当者は少なくない。
この認識は2つの意味で危険だ。
第一に、開示の順序を誤ると金商法違反になる。 有価証券届出書の提出前に適時開示を行うと、届出前の勧誘(金商法第4条)に該当するおそれがあり、必ず有価証券届出書を先に提出しなければならない。
第二に、東証の適時開示に対する確認は、財務局の有価証券届出書審査とは別の観点から行われ、場合によってはより厳しい。
「財務局・東証への事前相談|有価証券届出書提出前に準備すべきこと・聞かれること」で解説した通り、財務局は記載内容の正確性を見るのに対し、東証は増資の質を見る。
適時開示ドラフトへの東証コメントは、資金調達の背景・発行条件の合理性という「増資の質」の核心に集中する。
この記事では、第三者割当増資における適時開示の実務を、実際の案件で東証から受けたコメントの傾向を含めて解説する。
第三者割当増資の適時開示|制度の基本
適時開示義務の根拠
上場会社が第三者割当(募集株式・新株予約権の発行等)を決議した場合、東証の有価証券上場規程に基づく適時開示が義務づけられている(東証「第三者割当に係る上場制度の概要及び実務上の留意事項」、上場規程第402条・施行規則第402条の2)。
第三者割当の場合の主な開示事項は以下のとおりだ。
- 発行新株式数・発行価額・発行価額の総額
- 割当先及び株式数、割当先の概要
- 増資の理由(第三者割当とする理由を含む)
- 発行価額の算定根拠
- 資金使途
- 希薄化の規模が合理的であると判断した根拠
また、割当先と反社会的勢力との関係がないことを示す確認書・譲渡報告に関する確約書の写しなど、所定の書類の東証への提出も義務づけられている。
東証への事前相談
適時開示は決議当日にいきなり出すものではない。
「財務局・東証への事前相談|有価証券届出書提出前に準備すべきこと・聞かれること」で解説した通り、公表予定日の遅くとも10営業日前までに開示資料(案)を東証の上場会社担当者に送付し、事前確認を受ける。
この事前確認の過程で東証からコメントが入り、修正の往復が発生する。
開示の順序とタイミング|有価証券届出書が必ず先
なぜ有価証券届出書を先に提出しなければならないのか
第三者割当増資の実務で絶対に間違えてはならないのが、有価証券届出書の提出と適時開示の順序だ。
必ず有価証券届出書を先に提出し、その後に適時開示を行う。
理由は金商法の構造にある。
有価証券の募集は、届出をした後でなければ勧誘行為を行うことができない(金融商品取引法第4条・第15条)。
適時開示は不特定多数の投資家に向けた情報発信であり、届出前に増資の内容を開示すると届出前勧誘に該当するおそれがある。
つまり有価証券届出書の提出前に適時開示をすれば金商法違反になり得るということだ。
取締役会決議→EDINET届出→適時開示(TDnet)という順序を、決議当日のオペレーションとして正確に設計する必要がある。
東証が推奨する開示時刻の実際
では、決議当日の何時に届出・開示を行うべきか。
実際の案件で東証の担当者から受けたコメントが、実務の目安として参考になる。
東証からのコメントの要旨は以下のとおりだ。
- 財務局の閉局は17:15であり、17時の届出は不安がある。
操作不良等で届出に時間がかかる事例がよく見られるため、16:30届出など余裕をもった時間を検討すべき - 開示時刻は、届出後できるだけ早い時間が望ましい。
届出の15分後または30分後を目安とすべき
つまり実務上の推奨タイムラインは「16:30頃にEDINET届出→16:45〜17:00頃にTDnet開示」というイメージだ。
EDINETの提出は17:15までであり原則延長は認められないため、17時ギリギリの届出はシステムトラブル等のリスクを考えると避けるべきだ。
取締役会決議は有価証券届出書の提出と同日に行うのが通常であるため、決議の終了時刻から逆算した当日のタイムスケジュール設計が必要になる。
東証コメントが集中する2つの箇所
適時開示ドラフトに対する東証の事前確認では、コメントが集中する箇所に明確な傾向がある。
実務経験上、特に確認が厳しいのは以下の2つだ。
①「当該資金調達の背景、目的及び理由」
東証は増資の質を見る機関であり、「なぜこの増資が必要なのか」の説明に最も厳しいコメントが入る。
M&A買収資金の調達の場合、M&A案件の内容にまで確認が及ぶ
資金使途がM&Aの買収資金である場合、東証のコメントは増資そのものにとどまらず、M&A案件の内容にまで踏み込んでくる。
買収対象の事業内容・買収の妥当性・買収価格の考え方など、M&Aの中身について説明を求められることを想定しておくべきだ。
中期経営計画との整合性が問われる
中期経営計画にM&A戦略を記載している発行体の場合、中計と今回のM&Aとの整合性の説明が求められる。
「中計で注力するとした分野と今回の買収対象がどう結びついているのか」という問いに、一貫したストーリーで答えられる必要がある。
中計に書いていない分野の買収資金を調達しようとすると、「なぜ計画外の投資なのか」という説明課題が生じる。
規模の大きいM&Aでは実質的存続性の観点からも確認される
増資をしてM&Aを行うケースでは、発行体にとって相当規模の大きいM&Aであることが多い。
そのような案件では、東証は実質的存続性(いわゆる裏口上場規制)の観点からも確認を行う。
買収の結果、実質的な事業の主体が入れ替わるような場合には上場審査に準じた確認の対象になり得るため、大型M&Aを伴う増資では特に注意が必要な論点だ。
実質的存続性の詳細は「実質的存続性とは?M&A資金調達の増資で問われる裏口上場規制と東証審査の実務を解説」を参照されたい。
②「発行条件等の合理性」
もうひとつコメントが集中するのが発行条件、特にディスカウント率の説明だ。
記事⑥で解説した90%ルールの範囲内であっても、東証は「なぜそのディスカウント率なのか」の説明を細かく求めてくる。
たとえば「なぜ5%でも7%ディスカウントでもなく10%ディスカウントに決定したのか」という、率の選択そのものの理由の説明を求められる。
「指針の範囲内だから問題ない」という説明では足りない。
割当先との交渉経緯・発行体の信用リスク・株式の消化可能性などを踏まえて、そのディスカウント率に至った合理的な理由を示す必要がある。
また、発行価額が有利発行に該当しない理由についても深掘りされる。
90%ルールとの関係・算定根拠・(新株予約権の場合は)評価書の内容との整合性を、開示文書の中で一貫して説明できることが求められる。
適時開示と有価証券届出書の平仄合わせの実務
どちらを先に固めるという順序はない
適時開示と有価証券届出書は記載内容の整合(平仄)が必要だが、実務上「どちらかを先に完成させてからもう片方を作る」という順序はない。
両方のドラフトを並行して作成し、財務局・東証それぞれのコメントを反映しながら、都度平仄を合わせていく。
「財務局・東証への事前相談|有価証券届出書提出前に準備すべきこと・聞かれること」で触れた通り、東証のコメントで適時開示を修正したら、修正後の適時開示ドラフト(コメント履歴付き)とそれに平仄を合わせた有価証券届出書ドラフト(修正履歴付き)を財務局にもその都度送付する。
この双方向の同期を怠ると、財務局が見ている版と東証が見ている版がずれたまま進んでしまう。
財務局と東証が「真逆の指摘」をしてくることがある
実務で実際に起きる厄介な事態として、財務局と東証が同じ箇所について真逆の指摘をしてくるケースがある。
この場合、どちらかの指摘だけに従うともう片方との間で矛盾が生じる。
対処法としては、双方に対して「もう一方の機関からこのような指摘を受けている」ことを説明し、どのように記載するかをすり合わせたうえで平仄を合わせるしかない。
アドバイザーが両機関との調整役を担う場面であり、両者のスタンスの違い(財務局=記載の正確性、東証=増資の質)を理解していないと調整がこじれる。
資料提出のスタンスも財務局と東証で異なる
提出資料に対する両機関のスタンスの違いも知っておくべき実務知識だ。
財務局: 積算資料の提出を求めてくることが多い。さらに、東証に提出した適時開示ドラフト・資料についても財務局への提出を求められる。
東証: 財務局に提出した資料のすべてを出す必要はなく、東証が求めた資料だけを提出してほしいというスタンス。
つまり資料の流れは非対称だ。財務局には「東証とのやり取りも含めて全部見せる」、東証には「求められたものを出す」という整理で対応することになる。
送付資料一覧表による管理が重要になるのは、この非対称な資料の流れを正確に把握するためでもある。
適時開示の準備チェックリスト
開示内容の準備
- 資金調達の背景・目的・理由を一貫したストーリーで説明できる
- M&A資金の場合、M&A案件の内容・妥当性まで説明できる資料を準備した
- 中期経営計画がある場合、中計と今回の資金使途の整合性を説明できる
- ディスカウント率の決定理由(なぜその率か)を説明できる
- 有利発行に該当しない理由を算定根拠とともに説明できる
- 希薄化の規模が合理的であると判断した根拠を記載した
東証への提出書類
- 反社会的勢力との関係がないことを示す確認書を準備した
- 譲渡報告に関する確約書の写しを準備した
- 公表予定日の10営業日前までに開示資料(案)を東証に送付した
決議当日のオペレーション
- 取締役会の終了予定時刻を確認した
- EDINET届出を16:30目安で行うタイムラインを設計した
- 適時開示(TDnet)を届出の15〜30分後に行う段取りを確認した
- 届出→開示の順序を担当者全員が理解している(逆は金商法違反のおそれ)
まとめ
第三者割当増資の適時開示は、有価証券届出書の要約ではなく、東証という別の審査者に向けた独立した開示文書だ。
順序は必ず「有価証券届出書の提出→適時開示」であり、逆にすると届出前勧誘として金商法違反になり得る。
実務上の目安は16:30頃のEDINET届出、その15〜30分後の開示だ。
東証のコメントは「資金調達の背景・目的・理由」と「発行条件等の合理性」に集中する。
M&A資金の増資ではM&A案件の中身・中期経営計画との整合性・実質的存続性まで確認が及び、ディスカウント率は「なぜその率か」まで説明を求められる。
財務局と東証の指摘が食い違うこともあり、その場合は双方に状況を説明してすり合わせるしかない。
両機関のスタンスの違いを理解した調整が、適時開示実務の核心だ。
お問い合わせ・ご相談
適時開示ドラフトの作成・東証コメントへの対応・財務局との平仄調整についてのご相談は当事務所にお問い合わせください。初回相談は無料で承っております。
FAQ(よくある質問)
適時開示と有価証券届出書はどちらを先に出しますか?
必ず有価証券届出書を先に提出します。有価証券届出書の提出前に適時開示を行うと、届出前の勧誘行為として金融商品取引法違反になるおそれがあります。取締役会決議→EDINET届出→適時開示(TDnet)という順序を決議当日のオペレーションとして設計してください。
決議当日の届出・開示は何時頃に行えばよいですか?
EDINETの届出は16:30頃を目安に余裕をもって行うことを推奨します。財務局の閉局は17:15であり、操作不良等で届出に時間がかかる事例があるため、17時ギリギリの届出は避けるべきです。適時開示は届出の15分後または30分後を目安に、できるだけ早い時間に行うことが望ましいとされています。
適時開示で東証からのコメントが集中するのはどこですか?
「当該資金調達の背景、目的及び理由」と「発行条件等の合理性」の2箇所です。前者ではM&A資金の場合にM&A案件の内容や中期経営計画との整合性まで確認されます。後者ではディスカウント率について「なぜ7%ではなく10%なのか」という率の選択理由まで説明を求められます。
M&Aの買収資金を調達する増資では何が確認されますか?
増資そのものに加えて、M&A案件の内容(買収対象の事業・買収の妥当性)まで東証の確認が及びます。中期経営計画にM&A戦略を記載している場合は中計との整合性も問われます。また発行体にとって規模の大きいM&Aの場合、実質的存続性(裏口上場規制)の観点からの確認も行われます。
財務局と東証で指摘内容が食い違った場合はどうすればよいですか?
双方に対して「もう一方の機関からこのような指摘を受けている」ことを説明し、記載方法をすり合わせたうえで適時開示と有価証券届出書の平仄を合わせます。財務局は記載内容の正確性、東証は増資の質という異なる観点で確認しているため、両者のスタンスを理解した調整が必要です。
財務局と東証に提出する資料は同じですか?
異なります。財務局は積算資料の提出を求めることが多く、東証に提出した適時開示ドラフト・資料についても提出を求めてきます。一方、東証は財務局に提出した資料のすべてではなく、東証が求めた資料だけを提出してほしいというスタンスです。資料の流れが非対称になるため、送付資料一覧表での管理が重要です。
この記事は、第三者割当増資の適時開示・東証との事前確認に実際に関与した行政書士が、実務経験をもとに執筆しています。東証からのコメント内容は個社が特定されない形で記載しています。個別案件の判断は必ず専門家にご相談ください。

