この記事では、第三者割当増資の発行価格の決め方を実務経験から解説する。
日証協指針の90%ルール・直前日終値と平均値の使い分け・有利発行と株主総会特別決議・評価書の依頼先と費用相場まで、スモールキャップ上場企業向けに網羅して解説していく。
この記事でわかること
- 日証協指針による発行価格の90%ルールの正確な内容
- 直前日終値と平均値、どちらを使うかの実務判断
- 有利発行に該当する場合の株主総会特別決議の実務
- 財務状態が悪い会社が有利発行を選ばざるを得ない理由
- 評価書の依頼先・費用相場・作成期間
はじめに|発行価格の決定は「90%ルール」だけでは終わらない
第三者割当増資における発行価格(払込金額)の決定は、一見シンプルに見える。
「直前の株価に0.9を掛けた金額以上にすればよい」という、いわゆる90%ルールが広く知られているからだ。
しかし実務はそれほど単純ではない。
株価が急変動している局面ではどの時点の株価を基準にすべきか。
財務状態が悪化している会社で、90%ルールの範囲内では割当先が見つからない場合はどうするか。
新株予約権を発行する場合の価格算定は誰に頼むのか。
これらの問いに答えられないまま進めると、取締役会決議の直前になって価格設定の妥当性を証明できず、スケジュール全体が止まる事態になりかねない。
この記事では、第三者割当増資の発行価格に関するルールと実務判断を、日本証券業協会の指針と実際の案件経験をもとに解説する。
第三者割当増資の発行価格を規律する「90%ルール」
日証協指針の正確な内容
上場会社の第三者割当増資における発行価格の基準は、日本証券業協会「第三者割当増資の取扱いに関する指針」(2010年4月1日制定)に定められている。
指針の内容を正確に整理すると以下のとおりだ。
原則: 払込金額は、株式の発行に係る取締役会決議の直前日の価額(直前日における売買がない場合は、直前日からさかのぼった直近日の価額)に0.9を乗じた額以上の価額であること。
例外: 直近日または直前日までの価額・売買高の状況等を勘案し、取締役会決議の日から最長6か月をさかのぼった日から決議の直前日までの間の平均の価額に0.9を乗じた額以上の価額とすることができる。
つまり「直前日終値×90%以上」が原則であり、例外として「最長6か月間の平均株価×90%以上」も認められている。
この指針の法的性質
注意すべきは、この指針は法律ではなく、証券会社(日証協会員)に対する要請だという点だ。
日証協の会員である証券会社は、第三者割当増資を行う発行会社に対してこの指針に沿うよう要請することが求められている。
ただし実務上は、この90%ルールが会社法上の「有利発行」該当性の事実上の判断基準として機能している。
]指針の範囲内の価格であれば有利発行に該当しないと一般に考えられており、範囲を下回る場合は有利発行として株主総会の特別決議が必要になる(後述)。
発行価格の実務|直前日終値と平均値の使い分け
原則は直前日終値
実際の案件でも、取締役会決議の直前営業日の終値を基準とするケースが多い。 指針の原則通りの運用だ。
直前日終値を使う場合、価格の妥当性の説明は比較的シンプルに済む。
「指針の原則に従った」という説明で足りるからだ。
平均値を使う場合は「理由の説明」が必要
一方、例外である平均値(1か月平均・3か月平均・6か月平均)を使うことも認められているが、その場合は直前日の価額を採用しない理由の説明が必要になる。
これは指針自体に明記されている要件だ。
指針の第2項では、平均価額により払込金額を決定する場合、発行会社に対して「取締役会決議の直前日の価額を勘案しない理由」の開示を求めている。
適時開示・有価証券届出書の両方でこの理由を記載することになる。
株価が急変動している場合は平均値が一般的
では、どのような場合に平均値を使うのか。
実務上の典型例は株価が急変動しているケースだ。
たとえば増資の観測報道や業績修正の発表によって直前の株価が急騰・急落している場合、直前日終値だけを基準にすると、一時的な価格変動に発行価格が引きずられてしまう。
このような場合は、一定期間の平均値を基準とする方が「株式の公正な価値」を反映しやすく、実務上も平均値を採用するのが一般的だ。
この判断と理由の説明の記載は、財務局の事前相談でも確認される事項であり、価格設定の合理性を客観的に説明できる準備が必要になる。
有利発行と株主総会特別決議の実務
有利発行とは
会社法上、募集株式の払込金額が引受人にとって「特に有利な金額」である場合、株主総会の特別決議が必要になる(会社法第199条第3項・第201条第1項)。
特別決議を経ずに有利発行を行った取締役は、公正な払込金額との差額について会社に対する損害賠償責任を負う。
実務上は、日証協指針の90%ルールの範囲内であれば有利発行に該当しないと考えられており、90%を下回るディスカウントをする場合は有利発行として特別決議を経るというのが基本的な整理だ。
なぜ有利発行を選ばざるを得ないのか|実務の現実
「わざわざ特別決議までして大幅ディスカウントの増資をする会社があるのか」と疑問に思うかもしれない。
実際にはある。そして、その多くは有利発行にせざるを得ない状況に置かれた会社だ。
実務で有利発行が選択される典型的な状況は以下のとおりだ。
発行体の財務状態が悪く、市場価格の90%程度のディスカウントでは投資妙味がないため、割当先が見つからない。
割当先候補は「大幅なディスカウントを条件とするなら引き受ける」という条件を提示してくる。
発行体としては、その条件を受け入れなければ資金調達自体ができない。
つまり有利発行は「発行体が選ぶもの」ではなく、「それ以外に引き受け手が現れない状況で選ばざるを得ないもの」というのが実務の実態だ。
財務状態が悪化したスモールキャップ企業の増資では、この状況に直面するケースが少なくない。
有利発行の場合の価格決定の実務
有利発行を行う場合、発行価格は市場株価だけでは決められない。
実務では、独立した第三者が算定したDCF法等による公正株価をベースとして発行価格を決定し、臨時株主総会での承認が得られることを前提として発行価額を確定するという進め方になる。
この場合のポイントは以下のとおりだ。
- 市場株価とは別に、第三者算定機関による公正価値の算定書を取得する
- 臨時株主総会の招集・開催スケジュールを増資スケジュール全体に組み込む
- 株主総会の特別決議(出席株主の議決権の3分の2以上の賛成)が得られる見込みを事前に確認する
臨時株主総会の開催には招集通知の発送から最低2週間の期間が必要であり、第三者割当増資の全体スケジュールに大きな影響を与える。
有利発行の可能性がある案件では、この総会スケジュールを最初から織り込んだ設計が必要だ。
評価書の実務|誰に頼むか・いくらかかるか
評価書が必要になる場面
新株予約権(ワラント)や転換社債型新株予約権付社債(CB)を発行する場合、その発行価額が公正であることを裏付けるために第三者算定機関による評価書を取得することが実務上必須となっている。
評価書は財務局の事前相談における提出書類にも含まれており(株式/ワラント/CBの評価書ドラフト)、これがなければ審査が進まない。(実務上はドラフトベースで事前相談が進行していく)
なお、普通株式のみの第三者割当で、日証協指針の範囲内の価格設定であれば、評価書が不要なケースもある。
ただし有利発行の場合は前述の通り公正株価の算定が必要になる。
評価書の依頼先
評価書の作成は、新株予約権等の発行価額の算定を専門にしている評価機関に依頼するのが実務の中心だ。
これらの評価機関では実際には公認会計士が算定業務を行っている。
増資の経験が少ない発行体では、そもそも評価書という書類の存在自体を知らないケースもある。
新株予約権を絡めた増資を検討し始めた段階で、評価書の取得が必要になることをスケジュールに織り込んでおくべきだ。
評価書の費用相場と作成期間
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 費用 | 200万円程度が多い |
| 費用の幅 | 有名な算定機関は高くなりがち。 中小の会計事務所では大手の70%程度で対応するケースもある |
| 作成期間 | 繁忙状況にもよるが、2週間程度でドラフトが出てくることが多い |
費用を抑えたい場合は中小の会計事務所という選択肢もあるが、財務局・東証への説明の場面では算定機関の信頼性も見られるため、価格だけで選ぶことは推奨しない。
案件の性質(審査対象か否か・スキームの複雑さ)に応じて選定することが望ましい。
発行価格に関する財務局・東証の確認
発行価格の設定は、財務局・東証の事前相談における確認事項のひとつだ。
財務局は開示ガイドラインの審査要領に基づき「発行条件に関する事項」として、発行価格の算定根拠・ディスカウント率の妥当性を確認する。
東証も企業行動規範に基づき「発行条件等の合理性」を確認する(東証「第三者割当に係る上場制度の概要及び実務上の留意事項」)。
特に以下のケースでは、価格設定の合理性について詳細な説明が求められる。
- 平均値を採用した場合(直前日を採用しない理由)
- ディスカウント率が10%に近い場合(なぜそのディスカウントが必要か)
- 有利発行の場合(公正株価の算定根拠・株主総会スケジュール)
- MSワラント等の修正条項付きの場合(下限価額の設定根拠)
適時開示と有価証券届出書の両方で、これらの説明の整合性が取れていることが必要だ。
まとめ|第三者割当増資の発行価格は「説明できること」がすべて
第三者割当増資の発行価格は、日証協指針の90%ルールが基準となる。
原則は取締役会決議の直前日終値×0.9以上であり、株価急変動時には平均値の採用も認められるが、その場合は直前日を採用しない理由の説明が必要になる。
90%ルールの範囲内で割当先が見つからない場合は有利発行として株主総会特別決議を経ることになるが、これは財務状態が悪化した会社が「選ばざるを得ない」選択であることが実務の実態だ。
その場合はDCF法等による公正株価の算定と臨時株主総会のスケジュールが必要になる。
新株予約権を発行する場合は第三者算定機関の評価書(費用200万円程度・作成2週間程度)が必須であり、これらすべての価格関連書類は財務局・東証の事前相談で確認される。
発行価格の決定において最も重要なのは、「なぜその価格なのか」を客観的な根拠とともに説明できることだ。
価格の数字そのものよりも、説明の一貫性と裏付け資料の準備が、スムーズな審査通過の鍵になる。
お問い合わせ・ご相談
第三者割当増資の発行価格の設計・評価機関の選定・財務局への説明準備についてのご相談は当事務所にお問い合わせください。初回相談は無料で承っております。
FAQ(よくある質問)
第三者割当増資の発行価格はどうやって決めますか?
日本証券業協会「第三者割当増資の取扱いに関する指針」に基づき、取締役会決議の直前日の株価に0.9を乗じた額以上とするのが原則です。例外として最長6か月間の平均株価×0.9以上とすることも認められていますが、その場合は直前日の価額を採用しない理由の説明が必要です。
直前日終値と平均値、どちらを使うべきですか?
実務では直前日終値を使うケースが多いです。ただし株価が急変動している場合(増資観測報道・業績修正等による急騰・急落)は、一時的な変動に発行価格が引きずられることを避けるため、平均値を採用するのが一般的です。
90%を下回るディスカウントはできますか?
できますが、会社法上の有利発行に該当するため株主総会の特別決議が必要になります。実務上、有利発行が選択されるのは、財務状態の悪化等により90%ルールの範囲内では割当先が見つからないケースがほとんどです。この場合、DCF法等による公正株価の算定と臨時株主総会の開催がスケジュールに加わります。
評価書は誰に依頼すればよいですか?費用はいくらかかりますか?
新株予約権の発行価額算定を専門とする評価機関(実際の算定は公認会計士が実施)に依頼するのが実務の中心です。費用は200万円程度が多く、有名な算定機関は高め、中小の会計事務所では大手の70%程度で対応するケースもあります。作成期間は2週間程度が目安です。
普通株式のみの第三者割当でも評価書は必要ですか?
日証協指針の範囲内(直前日終値×90%以上等)の価格設定であれば、評価書が不要なケースもあります。ただし新株予約権・CBを発行する場合は評価書が実務上必須であり、有利発行の場合も公正株価の算定書が必要になります。
この記事は、日本証券業協会「第三者割当増資の取扱いに関する指針」および会社法の一次情報と、第三者割当増資の実務に関与した行政書士の経験をもとに執筆しています。個別案件の判断は必ず専門家にご相談ください。

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